3月 10, 2013
"(シュルレアリストを見よ)意識と物質の矛盾とたえまない発展とをみるために、あたらしい眼を作家と共に発見すること。「未開の眼」(ブルトン)から「豊かな眼」(エリュアール)へ変革すること。作家の現実認識を深めるような批評、これこそ批評におけるレアリティだと思うのです。"

中原佑介、美術評論家(『創造のための批評』現代企画室+BankART出版、2011)

5:37pm  |   URL: http://tmblr.co/ZPckyufwuwt0
登録カテゴリ:: yusukenakahara art 
3月 10, 2013
"あたらしい可能性を、単に抽象的であり過ぎるとか、あるいはその観念性、あるいはまた心理的陰影が少いとか、政治的になまだとかいうことで性急に棚の上に並べてしまうことが、批評家自体の性急さと現実の複雑さに対する無理解を示すことであってはならないと思います。これは「思考機械」の裏返しにすぎません。"

中原佑介、美術評論家(『創造のための批評』現代企画室+BankART出版、2011)

5:36pm  |   URL: http://tmblr.co/ZPckyufwutw9
登録カテゴリ:: yusukenakahara art 
3月 10, 2013
"現実が型式の中におし込められないことを知りながら、なお形式に足をとられて、心理のひだを深くすることによって造形している作家に、物質がたえまなくあらたな外観を示すことを明らかにするのは批評家の仕事ではないでしょうか。"

中原佑介、美術評論家(『創造のための批評』現代企画室+BankART出版、2011)

5:36pm  |   URL: http://tmblr.co/ZPckyufwuqxY
登録カテゴリ:: yusukenakahara art artist 
3月 10, 2013
"ぼくは、造形作家が現実をどのように認識したか、それをどのように具象にしろ非具象にしろ抽象にしろ表現しているか、つまり意識が単に生きている者のみならず死んだ者をも含めたことばによって構成されるのであればこそ、ひろく人間と社会につながっているという意味で、いかに人間像を捉えているかを問題にすべきだと思います。作品のもつレアリティとはみることによってわれわれが動かされることの度合いそのものです。"

中原佑介、美術評論家(『創造のための批評』現代企画室+BankART出版、2011)

5:36pm  |   URL: http://tmblr.co/ZPckyufwunPx
登録カテゴリ:: yusukenakahara art 
3月 10, 2013
"勿論、批評はことばで書くものである以上、つくるものです。ただ作家に比して批評家は「眼鏡をかけ」(エリュアール)ることが本質的に異なった点です。"

中原佑介、美術評論家(『創造のための批評』現代企画室+BankART出版、2011)

5:35pm  |   URL: http://tmblr.co/ZPckyufwukv1
登録カテゴリ:: yusukenakahara 
3月 10, 2013
"あたらしい批評家が機械的にも心理的にも「思考機械」のなし得ない現実への働きかけをたかくかかげていること、美術を今日の切実な課題に応えるものとするために闘っていればこそ、自分をも含めて難解であり、理論と感覚の乖離、というような批判に具体的批評によってこたえてゆかねばならないと考えたからです。アンドレ・スティルならずとも「今日なおわれわれが目指さなければならない肝要なものは建設的批評」だからです。"

中原佑介、美術評論家(『創造のための批評』現代企画室+BankART出版、2011)

5:35pm  |   URL: http://tmblr.co/ZPckyufwuidb
登録カテゴリ:: yusukenakahara 
3月 10, 2013
"批評家は、作品の皮相的な素朴な印象や、他律的な公式の適用を避け、ただ作品そのものとの魂の共鳴、精神の合一を精密に分析し、告白する操作に移行した訳です。[…]あらゆる現実的歴史的要素から抽象され、批評家の内部で凝結されるに至る芸術体験が批評家の生の論理そのものとして位置づけられることによって、批評は創造作品に迄達したわけです。"

中原佑介、美術評論家(『創造のための批評』現代企画室+BankART出版、2011)

5:34pm  |   URL: http://tmblr.co/ZPckyufwuYHB
登録カテゴリ:: yusukenakahara art 
3月 10, 2013
"いかに現実の危機が語られ、苦悩が告白されても、批評家の意図を裏切って、それは、現実の矛盾を大胆に指摘し、あたらしい美術を診断し、作家をゆり動かして、未来の方向を予見する美術批評にはならないでしょう。[…]変革期において、いかに現実と対決してゆくかというような標語は、批評の内容の未知の空白の部分を、ときとして、同じ決意そのものによって埋めてしまうものです。"

中原佑介、美術評論家(『創造のための批評』現代企画室+BankART出版、2011)

5:34pm  |   URL: http://tmblr.co/ZPckyufwuaoG
登録カテゴリ:: yusukenakahara 
3月 10, 2013
"もちろん、批評が単なる印象批評のつみ重ねや技術批評の横行であるなら、もはや手工業時代でなくなった現代、批評家は「思考機械」の出現を待つべきでしょう。"

中原佑介、美術評論家(『創造のための批評』現代企画室+BankART出版、2011)

5:33pm  |   URL: http://tmblr.co/ZPckyufwuOmm
登録カテゴリ:: yusukenakahara 
3月 10, 2013
"芸術作品が人間を解釈するばかりでなく見るものを感動させそれを本質的に変革するためのものであるならば、批評は作家の創造の秘密を説明するにとどまらず、それを変革するためのものでなければならず、そのためには作品の持つ具体的内容のみならず、作家の物質的生活、その思想、いい換えれば作家の現実の認識の深みと作品の形象の処理とを結びつけて、その作品の持つリアリティの質を問わなければなりません。批評は現実(物質)を正しく認識する道をてらしだし、作家を前に進めるという意識によって支えられた能動的な活動の筈だからです。"

中原佑介、美術評論家(『創造のための批評』現代企画室+BankART出版、2011)

5:33pm  |   URL: http://tmblr.co/ZPckyufwuS04
登録カテゴリ:: yusukenakahara art 
Tumblrでのスキな投稿: スキな投稿をもっと見る »